「良い」と「悪い」は同義語。悪いことを、燃料とできるか。

 

年を重ねるほど、生きるということは、面白いと思います。

壮大なテーマですが。

 

韓国とのレーダー照射問題。ロシアとの領土問題。皇族の婚姻問題。教師と生徒のパワーバランス問題。

一つ一つを個々に見れば、「答えはこれです!」なんて簡単な答えが存在するわけがなく。
答えなんて存在しないとても複雑な世の中です。

でも、単純に考えれば、単純だったりするのです。

勉強すれば、知識がつく。筋トレすれば、筋肉がつく。迷惑をかければ、嫌われる。

単純と、複雑。
これらは、相反するものではなく、実は同居しているものだと思います。

どんな事柄でも見方によっては複雑にもなるし、単純にも見ることができる。

考えるに、単純と複雑は、「出番」が違うと思うのです。

単純な考え方は、ものごとの全体を眺めるような、俯瞰的に考える時に活躍できると思います。
「いや、でもこうすると、あっちがこうなっちゃうから…」
「あれらのことを考えると、こうするのはどうなのか…」
とか。

 

そう考えると、ガンジガラメになって動けません。

そんなとき、
「あらゆることは、やってみなければ分からない」

 

といった、単純な考え方は、一歩を踏み出すことを躊躇する気持ちを破壊する、とても強力なパワーになります。

しかし、「やってみなければわからない」からといって、思うがままに感覚的にブンブン丸になっても、問題の解決には繋がりません。
そんな、局地的な細部を考えなければならないとき。
「いや、でもこうすると、あっちがこうなっちゃうから…」
と様々なケースを想定することは、とても大切です。

そんな、局地的な戦術を考える時、「複雑な考え方」の出番です。

単純な捉え方の出番は、「スイッチを押す」とき。
しかし、一度スイッチを押して、やることが決まった、その後。
そこが、複雑な捉え方の出番だと思うのです。
この、単純と複雑を使い分ける力。

これは、どんな立場の人にとっても、重宝される力だと思います。

 

そして、ここまで考えて気づくこと。
私は、「単純な考え方」の方が、出番が早いと思うのです。

こんな答えのない世の中。
考えだしたら何も動けなくなってしまって、普通です。
ほとんどの人が、先に「複雑」を考えてしまって動けない。
しかし、動かないと何も生まれません。

だから、物事を単純に捉えることの方が、優先順位としては上位に来ると思うのです。

 

そう考えた時、よく最初に考える単純なこと。

それは、世の中には「良いこと」と「悪いこと」ばかりだということです。
人に好かれた、嫌われた。
損した、得した。
受注した、失注した。
売上が伸びている、下がっている。

 

やはり、世の中の出来事は、良いことと悪いことに分類できます。

 

悪いことは、できればしたくありません。

悪い状況を認めたくはありません。

ここで「複雑」を隠れ蓑に、認めないことはよく目にするかもしれません。

 

「いや、でもあれがこうだから、仕方ない」

素直に単純に評価すれば評価できることも、見誤ってしまいます。

 

「単純」の威力は、「答えまでの距離」を短くできることです。

答えを受け入れれば、次のステップは行動しかありません。

 

そこで私が思うこと。
単純に考えて「悪いこと」は、さっさと単純に考えて、いち早く受け入れようということです。

 

ここまで来れば、次に違った「単純な考え方」をかけ合わせます。

「悪いということは、それを解決すれば良くなる」ということ。

 

つまり、「悪い」とは「良い」ことだということ。

これも、私が考える単純なことです。

 

「あらゆることは、表裏一体」これも、一見複雑なようで、単純な真理だと思います。

自分を振り返っても、悪いことが起こった直前は、良いことが起きていたことがほとんどです。

 

恥ずかしながら率直に言って、良いことが続いて油断をしていたから、悪いことが起こったのです。

「良いことは、油断を生む」

これも単純な捉え方だと思います。

 

ここまで考えると、気づきます。

「良いこと」が起きる前は、多くの場合で「悪いこと」が起きていたことが多いです。

 

ノープランで会社を始めて、仕事に困窮していた時に仕事をもらったり。

自分で働くことに限界を感じていた時に、一緒に働いてくれる人が現れたりとか。

 

こんな「良いこと」に対して、「こういうことをしてたから、こうなった」とか複雑に考えて自分を評価しても何も産みませんし。

この経験から、良い時も悪い時も、自然に考えるようになったこと。

「良い」とは「悪い」の始まりであり、「悪い」とは「良い」のきっかけであるということ。

 

つまり、「良い」と「悪い」は、同じ意味を持つ言葉だと思うのです。

刹那的に見れば「良い」は「良い」ですが、時間軸を延ばすと「悪い」に変身したり。

その逆も然り。

広辞苑で引けば対義語として出るかもしれませんが、同義語なんです。

 

そして、最初に言いたかった内容と脱線しまくってきましたが。

つまり、ここまで考えると、「悪い」が意味することは、「良い」だと思うのです。

 

「悪い」を、その言葉の通りに「悪い」と受け止めてしまうと、本当に「悪い」に向かってまっしぐらになってしまうと思います。

 

でも、そうじゃない。

「悪い」とは、「良い」なんだと。

この単純な考え方で、「悪い」を「良い」に単純に変換できる力は、なかなか強力な資質ではないかと思うのです。

 

「悪い」とは、「良い」なんです。

「悪い」を燃料として動力にできる人は、強いです。

「悪い」を言い訳にして、人に頼る人は、弱いです。

「悪い」と正面から向き合わず、複雑にあれだこれだと御託を並べる人は、もっと弱いです。

 

「悪い」を燃料にできるかどうか。

これを言いたかっただけにしては回り道しすぎでしたが、「悪い」は「燃料」だと思うのです。

 

「悪い」は、「燃料」なんです。この単純なことを知る人が増えれば、幸福が溢れるのに。

これだけが言いたくて、回り道をしましたが。

 

「悪い」を、「燃料」に。

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