世の中の意見のほとんどは、取るに足りない意見。

 

「人の話を聞くことは大切」

 

慣用句のようによく耳にする、世間では当たり前のように美徳とさえされている言葉です。

 

私も、どなたの言葉なのかは忘れてしまいましたが。

「神は人に、一枚の舌と、二枚の耳を与えた。それは話すことの二倍、人から聞くべきだからである」

 

といった、確か、神話・宗教系の言葉だと思いますが。
この言葉を子供の時に知って、「なるほど」と感じ入ったことがあります。

 

ですので、人の話に耳を傾けることは、とても大切だと思います。

しかし、この「人の話を聞くことは大切」という言葉の、その意味の捉え方は人それぞれかもしれません。
恐らく、最も多い捉え方は、こうかもしれません。

 

「どんな意見にも聞く価値があるから、耳を傾けるべきだ」

 

確かにもっともらしいことかもしれません。

 

しかし、私はこの捉え方はしていません。

 

私は、世の中には取るに足りない意見と、聞くべき意見。
残酷ですが、はっきりとこの2つに明確に分かれていると思います。

 

取るに足りない意見を、いくら量を集めたところで、なんの勉強にもなりません。
むしろ、誤った理解をしてしまい、間違った方向へ進んでしまうかもしれません。

「三人寄れば文殊の知恵」

ことわざは素晴らしい言葉が多いですが、これもことわざを有難がって鵜呑みにするのではなく。
私が疑わしいと感じている、ことわざの一つです。

 

以前、「議論には、最低限の教養が必要」という投稿をしましたが、同じ意味で。
最低限の前提がない人が3人集まったところで、むしろ3倍意味のない意見が生まれるだけだと思うのです。

 

プロ野球の将来を語るのに、一回も試合を見たことがない三人が集まって、何が議論できるのでしょうか。
媒体を通じて断片だけと触れて知った有名人に、何を評することが出いるのでしょうか。

 

「世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る」

坂本龍馬のこの言葉の方が、ずいぶんと私にはしっくりと感じます。

 

先日、最終回を迎えた「3年A組」のドラマも縁あって見ていましたが、表現が直接的すぎるところに粋ではないと感じる部分がありながらも、骨のあるメッセージだったと思います。

最近は、本当に、最低限の前提を備えることのないアウトプットが溢れています。

このドラマの主題メッセージは、「最低限の前提を備えないアウトプットなんてするなよ!」という、発信者側に対するメッセージでした。
でも、このドラマの主題に保管をする意見を加えるとすれば。

 

受け手にとっても、メッセージがあると思うのです。

 

それが、今回の投稿の主題。

正直、世の中の9割は、「聞く必要もない取るに足りない意見」だと思うのです。

 

最低限の前提のないアウトプットをする人(媒体)には、何を言っても伝わらないと思います。
きっと、これからも瞬間最大風力で、反射的に言いたいことを言い続けるでしょう。

 

そうなると、別軸で大切なことは、情報を受ける側の受取り方です。

 

冒頭で話した、「人の話を聞くことは大切」という考え。
実は、この美徳的な考え方が暴力的に働き、不必要な悩み、ストレス、悲観に繋がっているとさえ思うのです。

 

最近のうんざりするような、フェイクニュースや炎上騒動。
恐らく多くの人が、「どんな意見にも聞く価値がある」という前提があるからこそ、そのような意味のない情報に乱されているとも感じるのです。

 

即ち、周りの意見に対する期待値が高すぎるのではと感じています。

 

「ほとんどの意見に意味があるべきだ」という考えがあるからこそ、どうでもよい意見や、自分とは異なる意見に悲しんだり、憤慨するのだと思います。

そもそも、世の中に溢れてる情報のほとんどが意味がないことだと知っていれば、いちいち他人に不満に思ったり、文句を言ったりする必要はありません。

 

もちろん、どんな人の話も聞く必要がないのかといえば、そうではありません。
やはり、「人の話を聞くことは大切」です。

 

しかし、それはどんな意見にも意味があるということではなく。
「どこに意味のある情報が転がっているかわからない」、からだと思っています。

 

普段は、意味のないことばかりを話している人の、ひょんな一言に気づきがあったり。
意味のない言葉からも「自分は違う意見だ」と、自分の意見があぶりだされることがあります。

 

大切なことは、あらゆる意見を真正面からすべてはじき返すことではなく、そのような取捨選択をできるようになること。
玉石混交の意見の中から、「選別」ができるようになることだと思うのです。

 

「顔を知っている人」の情報としか触れることができなかった時代から、「顔も知らない人」の意見ばかりと触れることになっている今。
これは、結構な時代の違いだと思います。

 

砂利の中から、砂金を見つけるような、「振るい」のスキルが、今大切なものになっていると思います。

 

今触れている情報のほとんどは、砂利のように無意味だということ。

 

しかし、その無意味な情報を正面から受け止めるのではなく、そこに砂金はないのか。

 

こう受け止める人がこれから増えてくると思いますし、「人の話を聞くことは大切」という言葉の意味を見直すことが、結構な転機になる考え方ではないかと思うのです。

 

Pocket
LINEで送る