アドバンテージが足かせになっている世代

AI業界周りのお話で、アウトソースをしても、アウトソース先は業界のプロフェッショナルではないため、結局自社にアウトソース先をコントロールする人が必要で、結局人に対してダブルコストになるという課題がある話を聞きました。

これは、AI業界に関わらず、あらゆるアウトソース市場に言えることだと思います。
当たり前の話ですが、自分が時間とともに成長しているということは、他人もみんな成長しているということ。
即ち、社会全体が成長をしているわけですから、今目の前の仕事は、将来仕事にはならなくなるということ。
昔は、シンプルだった技術サービスは、どんどん定型化していって、差別化をするために唯一性を磨き続けるしか生存の道はないように思います。

5〜10年前までは、一度軌道に乗ったら、その後は半ば惰性でランニングできる印象がありました。

しかし、技術がどんどんライブラリ化・フレームワーク化していって、それらが高度化して差別し難くなる中、技術で仕事になるのは、「ライブラリ化・フレームワーク化する」仕事か、「ライブラリ化・フレームワーク化できない」仕事か、「技術を権利化する」仕事なのだと思います。(もしくは、これらも超越する仕事)
そもそも、アウトソースとは、「自社ではできない(技術者を採用できない/権利的にできない)仕事」か、「外部に依頼をした方が安い仕事」と考えるとシンプルです。

できるのだったら、自社でやろうとするのは当たり前ですし、外部にした方が高いのなら、同じく自社でやろうとするはずです。

アウトソースは、企業にとって、非効率。
そんなうねりの真っ只中、というのが今だと思います。
私の会社の場合でも、5年前に主流だった仕事は、今となっては仕事にはなりづらいです。
ということは、今手元にある仕事は、5年後は仕事になっていないと考えるべきです。
IT業界は、私が入った15年前は、誰も何も知らなかったので、いわゆる楽勝な時代でした。
ちょこっとかじった知識で、専門家を気取ることができました。
努力に対する得られる利益は、とても多かった時代です。
だからこそ、そんな時代を一緒に生きた同年代には、「ちょこっと」しか頑張ることしかできない人がすごく多いように感じます。
ちょこっと頑張って成功した経験があるので、それは仕方ない事かもしれません。
でも、ITは、ITバブルを通り過ぎた現代においても、変わることのない主流中の主流。

経済全体でも、花形スキル。

なのに、15年前にこの業界に入ったというアドバンテージがあるにも関わらず、むしろ後塵を拝している人が多いのは、残念でなりません。

むしろ、「今」こそが、10年以上も前から、この業界にいたことを活かす絶好の機会。

もしかすると、今が一番、ITバブルかもしれません。

これを逃す選択肢は、私にはありません。

でも、私が漕ぎ始めた道のりが、私が信じる黄金路だとしても。

それを、自分以外の人に信じてもらえるだろうというのは、自分勝手なことだとも思います。

でもでも、そう信じた黄金路を共有したい、でも共有してもらいないことも(の方が)、あると思います。

そんな葛藤が、醍醐味なんだろうなと、感じています。

何が言いたいのかが曖昧になってきましたが、要するに、生きるって、楽しいです。
生きるということを、楽しみたいです。

生きる、ということを、楽しめる人生にしたいです。

生きるということに、意味はそんなにないのだと思います。

湖に生きる、脳を持たない細胞レベルの生命が、このようなことに気づかないまま、ただ命を耐えていく中で。

「生きる」ということを、意識的に楽しめる生命に生まれたことが、とても幸せです。

「生きる」を、もっと、楽しみませんか。
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